ソウルの店で
20代のころ、ソウルへ立ち寄ったとき、小さな洋服屋へ入ったときの話。
ジャケットを選んでいたら、店主が寄ってきて、しきりに話しかけてくる。といっても、英語で値段を連呼するだけだ。
ぼくが店を出ようとすると、ぼくの袖を掴んで放そうとしない。引っ張り合いになって、無理やり店に引き戻される。
かなわんなあ、と思いながら、さっきまで見ていたジャケットを指差して、思いっきり安い値段を言ってみる。ぼくは貧乏旅行者なのだから、あきらめてもらうしかない。
店主はあきらめない。自分が言った値段より、ほんの少し高い値段を言ってくる。えっ、と思いながら、先ほど言った値段を繰り返す。店主が首を振ると、またぼくは店を出ようとする。店主は、ぼくの袖を引っ張り、さらに値段を近づけてくる。
それをしばらく繰り返して、とうとう自分が言った値段で交渉が成立した。お互いにハアハアと息を切らしている。
ぼくは、そもそもそのジャケットを欲しかったのだろうか、と疑問を抱きながら、お金を払う。
店主の顔を見ると、ニヤニヤして、本当はもっと安いものなんだぜ、という感じの勝ち誇った顔をしている。
その後、そのジャケットはすぐに着なくなって捨ててしまうことになったが、思い出とは不思議なもので、あのときは楽しかったなあ、としみじみ思い出される。
ぼくらは、他人との関係をつくることに、もっと積極的でよいのかもしれない。
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