宙に浮いた観念
日曜日にも仕事が入って、幼い子供を児童施設へ預けに行く朝。子供は施設の入口で笑顔でバイバイと手を振る。
その笑顔を仕事への情熱に変換する親。その情熱は信じるに値する。
一方、世界のため、真理のため、などということを組織は謳うかもしれないが、そのような宙に浮いた観念では、仕事への情熱を支えることが難しい。
柳田国男が語ったとされる内容を、卑近な例に書き換えるとこういうことになると思う。
そう、知的に理解するだけでは、人の動機にはなりえない。
宙に浮いた観念を、腑に落ちるところまで引きずりおろすのは何か?
ぼくは、この何かに出会う人生を生きているだろうか?
→自社ファクトリーでつくる店舗デザイン空間/グリッドフレーム