バルセロナ
「死」がすぐそこにあることを知っているのは、いつも子供たちだ。大人になるということは、「死」に蓋をすることに等しいからだ。
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人間をクリエイティブにする町をつくりたい。クリエイティブになるとは、「前を向いて、自分の頭で考える」ということだと思う。
バルセロナは、少なくとも自分をクリエイティブにしてくれた町である。そこには混沌が点在していた。それなりに秩序の保たれた大都市でありながら、壊れた建物は囲いによって隠されることもなく、そのままの状態で人目に晒されていた。
私なりの言い方をすれば、「生」の傍らには「死」があった。「死」がすぐそこにあることを感じつつ、人は活き活きと生活していた。
他の大都市はこうはいかない。「死」に蓋をして、「生」しかないかの如く、人々はあくびをしながら年をとっていく。
「死」がすぐそこにあることを知っているのは、いつも子供たちだ。大人になるということは、「死」に蓋をすることに等しいからだ。バルセロナでは、私も子供のひとりだった。目の前にあるものとの間に成立するルールは自分でつくる。それが、子供であることであり、また、クリエイティブであることでもある。
混沌に秩序のグリッドフレームを重ね合せてできあがったような町、1995年のバルセロナ。崩れかけた建物が、宝の山のようにキラキラと輝いて見えた夏。