千田泰広
大きな吹抜け空間に巨大なクモの巣のように張られた糸が今回の彼の作品だ。
空間に夕日が差す時間帯だけ、その作品は姿を現す。あとは、ひっそりと影を潜めている。
「今回よかったことは・・・」という言葉で始まった彼の発見は、ぼくを覚醒させるに十分だった。
「展示の設置を終えて、実は落胆して会場を離れたんです。でも、3日経って帰って来たら、作品が空間に馴染んだと感じたんです。」
この話が、彼の知覚が変わったのだ、ということであれば、彼にしか起こらない話だ。
でも、彼はそうじゃない、と感じている。
あるものを存在させると、周囲の空間は時間の経過とともにそれを受け入れようとする。
人が慣れるのではない。空間が受け入れるのだ。
彼が得たのは、そのような確信だと思う。
「作品としては、そのときに全部取っ払ってしまった方がよかったかもしれない、と思いました。空間は、この糸が存在する前と後では、明らかに変わっているからです。」
物理的には何も証明されない領域へ、彼の思考は足を踏み入れたのかもしれない。
でも、ある空間に、何かが存在した、ということが、その空間に必ず何らかの影響を与える、ということをぼくも思うことがある。
彼はさらにこう話した。
「今日は、1週間ぶりに帰って来たんですが、朝久しぶりにこの作品を見たら、弱っているなあ、って感じたんです。まるで、水遣りを忘れた植物のように。それで、今日一日いろいろと手をかけてあげたら、少しずつ元気を取り戻しました。」
「ゴッホのひまわりは100年経ってもパワーが落ちないでしょう?それは、きっとそれだけのエネルギーがあの作品につぎ込まれたからだと思うんです。あらためて、その凄さを感じます。」
人がエネルギーをかけて生み出したものは、生命を持つ。言葉では当たり前のように繰り返されてきたとしても、心の中では「かもしれない」がつきまとうはずだ。それを確信する人はほとんどいないだろう。
千田さんがそれを確信できたことは、今後の彼の作品にどのように影響するのか。愉しみだ。
そして、ぼくもそれを確信できたならば、今後のぼくの空間デザインも大きく変わるはずだ。
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