火と匂い
生物は、まず嗅覚と味覚を発達させた。
そして、海中から陸に上がり、霊長類が生まれ、二本足で立ち上がったときに、視界が大きく開けた。この瞬間から、視覚が他の感覚に比べ圧倒的優位にたち、聴覚がこれについてきた。
そのため、嗅覚と味覚は、視覚と聴覚の陰に隠れることになったが、嗅覚と味覚の重要性が減じたわけではない。それらは、植物の根が地表の体を支えているように、意識の底から人間生活を支える役割を担っている。
人類の進化から見れば、原初的な器官に位置づけられる鼻と口。鼻と口はすぐ近くにあって、実は、嗅覚と味覚は不可分なもので、味というとき、その80%は匂いのことをいっているに等しい。
料理を突き詰めることは、匂いを突き詰めることともいえるだろう。
料理の匂いは、厨房の火によって生まれ、立ち上り、やがて空間へと拡散される。
もっとも原初的な立ち上る火のイメージ。このイメージを空間に表現することで、その先に拡散していく匂いを、無意識のうちに感受する心を私たちは持っているのではないだろうか。
枕草子の中で、「匂い」という言葉を「濃い色から次第に薄くなっているもの」を表すために用いている箇所があるように、私たちは嗅覚を拡散のイメージに転じてきた歴史があるのだから。
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